“1990年代、Yahoo!は素晴らしいウェブサイトに対して、このサイトは訪れるに値するオススメのサイトだという印としてサングラスマークを付けていたことがある(それが付いていると検索結果の上位にリスティングされた)。 1996年当時、Yahoo! Japanの立ち上げに向けて日本のウェブサイトのデータベースを作成していた僕は、日本中のウェブサイト(たしか全部で3万くらいあった)をすべてチェックしたのだが、その中に鮎川誠さんがご自身でHTMLを書いて作っておられたシーナ&ザ・ロケッツのウェブサイト( http://www.rokkets.com/ ←今も当時と雰囲気がまったく同じ!)を発見した。僕は大興奮で絶対サングラスマークを付けるべきだとヤフージャパンの担当チームに推薦をした。 担当チームからOKが出て、その旨をrokkets.comのサイトマスターにメールで送ったところ(それは鮎川さんだったのだが)とても喜んでくださり、久留米や鳥栖の同郷のよしみもあってそれがご縁で何度か下北沢のご自宅を訪問させていただいたことがある。 鮎川さんはロックを愛する僕にとって神々の一人である。初めてお会いするにあたり前日眠れないくらい緊張したのだが、実際にお会いしてみると「あのヤフーがメガネマークば付けてくれるげな、ものすごく嬉しかばい。どげんお礼ば言うたらよかかわからん。」と屈託なく笑って喜んでおられ、その素朴で優しいお人柄に一発でシビレてさらに大ファンになってしまった。 鮎川さんは当時のアーティストには珍しくMacではなくDOS/Vマシンを愛用しておられた。「Macも素晴らしいマシンばってん、俺は自分でパーツば組み立てて自作できるDOS/Vのほうが好いとっちゃん。インターネットもさ、みんなで手弁当でつないで世界中にネットワークば広げようっちゅうもんやんね。俺はそういう設計思想が好いとるし、このWWW(ワールドワイドウェブ)がいま楽しゅうて仕方んなかとよ。」と自慢のマシンとウェブサイトを見せてくれながらおっしゃった。そしてその後僕を見つめて、次のようにおっしゃったことを僕は昨日のように思い出せる。 「俺が高校生やら大学生やった時はさ、ロックがものすごく熱かったんよ。ビートルズやらストーンズやらキンクスやら、すごいヤツらがいっぱい出てきてさ、久留米の片田舎の俺たちでさえも夢中にさせるパワーがあったとよ。世界中の若者が熱狂して世界がロックで本当に変わっていったっちゃん。やけん俺もロックば始めたっちゃけどさ、もし俺がいま高校生や大学生やったら、絶対インターネットに夢中になっとったち思う。インターネットもこれから世界を変えていくやろうけん、それに飛びつかんでなんばしよっと?っち感じやん。たぶん俺がいま高校生やったらギターやなくてパソコンば持っとる。今はインターネットがロックばい。」 まだ幼くて自分で表現する言葉を持ってなかった僕はまさに我が意を得たりというか、インターネットが非常にマイナーで誰も周囲で理解してくれなかった当時、本当に仲間というか革命の同志というか、そんな熱い気持ちにさせてくださった。大げさじゃなく、感動して涙が滲んだ。 「いらっしゃい。」 ちょうどその時、シーナさんが愛犬のお散歩から帰ってこられた。うわ!本物だ! 「泰蔵さんがうちのウェブサイトにメガネマークばつけてくれたとよ。今アクセスがどんどん増えよる。すごか!」「そう、それは良かったね、まこっちゃん。ゆっくりしてってね、泰蔵さん。」と最高に美しい笑顔で微笑んでくださった。ただの近所への犬の散歩だというのに、シースルーのTシャツに黒のショートパンツ、黒のレースアップのロングブーツを履いておられた。ロックの女神は本当にシビれるくらいカッコ良かった。 シーナさんも鮎川さんも、お互いをアーティストとして心から尊敬し、仲間として心から大切にし、夫婦として心から愛しておられるのがすごく伝わってきた。そのことが周囲をとても幸せな気持ちにしてくれるのをひしひしと感じた。 お二人はストレートで純粋にいつまでも夢を追い続けるカッコよさを教えてくださった。そして、カッコよさと優しさは高い次元で共存できることを学んだ。 シーナさんのご冥福を心よりお祈りします。”
— 孫 泰蔵 / Facebookページ
(via natu-rou)



