新垣結衣
新垣結衣 | ARAGAKI Yui
“晴れた日、男の子(3歳)が青い長靴を履いてきたので「かっこいいね!でも今日は雨降ってないよ?」と聞いたら、「この くつね、あめしか みてないから おひさま みせてあげるの」って。園庭の乾いた地面を走り回る青い長靴が不思議と嬉しそうに見えた。そういう気持ち、忘れないでほしいな。”
— Twitter / _HappyBoy (via drhaniwa)
“年賀状を出すのをやめる年寄りが増えているというニュースなのですが、私が驚いたのはそのことではありません。この記事の最後に出ている年賀はがき発行枚数のグラフのほうなんです。興味のあるかたは、とりあえず記事を見ていただけますか。 見ました? 平成15年をピークに、SNSなどの普及によって年賀はがきの発行枚数は減少し、昨年はピーク時の3分の2にまで落ち込んだというのですが、いや、ちょっと待ってくださいよ。ネットもSNSもなかった昭和40年ごろは、さらに現在の3分の1程度しかないじゃないですか。 私の思いこみイメージは完全に覆されました。てっきり、むかしのほうが年賀状をたくさん出していたと思ってたんです。 ひょっとしたら、むかしのひとは郵政省の年賀はがきを使わず、私製はがきで出してたのか? 念のため日本郵便の「年賀郵便取扱い量の変遷」という平成5年までの資料を確認したら、年賀はがき発行枚数のグラフとほぼ同じ、右肩あがりでした。てことはやはり、むかしのほうが年賀状を出す人は断然、少なかったのです。 そうなると見かたがかなり変わってきちゃいますね。たとえば、「最近の若いヤツらはみんなSNSで済ませるから、年賀状離れが進むんだよなー」なんて分析は的外れってことになります。だってSNSなんてなかった昭和30、40年代の若者のほうが、いまの若者よりあきらかに年賀状を出してなかったんですから。 ニュース記事にある、年賀状を出すのをやめている年寄りたちは、まさにその若者たちの現在の姿じゃないですか。彼らはもともと、年賀状なんてめんどくせーなー、と思ってた世代だったのです。いまようやく、ありのままの自分に気づいたのです。よかったね。 本来は、直接顔を合わせて年始のあいさつをすべきところを、年賀状で済ませるようになった時点ですでに、コミュニケーションの簡素化、虚礼化だったのです。もっと大げさにいえば、年賀状こそが伝統の破壊者。でも昭和の人々は、その変化をさほど否定的にはとらえてなかったわけです。それがいままたSNSにカタチを変えたからといって、嘆くようなことではないでしょう。”
— 「 年賀状の意外な真実反社会学講座ブログ」( http://pmazzarino.blog.fc2.com/blog-entry-310.html )
“ある調査によると、人間は動詞よりも名詞で動くらしいよ。 「加入してください」よりも「会員になってください」の方が獲得効率が高い。「寄付する」よりも「寄付者になる」方が選択効率が高くなる。 人間はなんとなく何かになりたいという気持ちを抱えているのかもしれないね。”
— 三浦崇宏 GOさんのツイート (via tsurezuretsuzuri)
“タイムラグっていうか、日本は「現在」すげぇ格差社会になっているんだけど、格差が少なかった頃のオヤジが「家庭」に蓄積したストックを取り崩しているので実態より緩和されて見える印象”
— はてなブックマーク - 格差社会であることが国にもたらすコスト(ブレイディみかこ) - 個人 - Yahoo!ニュース (via futureisfailed)
“「送りバントのような局面における確実性を積み上げていくと結果的に負けてしまうんです」とは聡明なる監督の弁である。 そんな開成高校野球部の戦略は以下のようなものだ。 まず、1番から6番まで、できる限り強い打球を打てる選手を並べていく。もっとも強い打者は2番。そして、ひたすら強振する。一番チャンスがあるのは8番、9番からはじめるイニングで、彼らがうまいことヒットやフォアボールで出塁した場合だ。下位打線を抑えられなかったことで動揺する相手ピッチャーに1番が強振して長打、そして最強の2番打者が打つ。弱いチームに打たれたことにショックを受けている相手を逃さず、後続がとにかく振り抜いて連打を食らわせして大量点を取るイニングを作り、そのままドサクサに紛れて勝つ、のだそうだ。 超進学校の勝てるセオリーは「ドサクサ」なのである。そして、実際そうやって勝ち上がってきたことは、冒頭の戦績で見た通りだ。”
“どうしようもなく勉強がつまんなくなったらまた話聞きに来な。そしたらこの町の歴史でも教えてやる。いまおまえが住んでるその家の下に、昔の人間が土器作って穴掘って暮らしてたかもしんない、みたいな話を。おまえがふだん乗ってるバスが、いまみたいな形になるまでの歴史とかを。俺がおまえにそれを教えられるのは、勉強してきたからだ。年間100回遅刻しても、とにかく勉強してきたから。もしそういう話をおもしろいと思うなら、勉強にはきっと意味があるんだ。 おまえはその場所に行ける。 おまえの両親や、俺や、いろんな人たちが、おまえをそこに連れていきたがってる。 なにがすげえってさ、勉強したり考えたりしても、体疲れねえんだよ。宇宙船に乗らなくても月のことはわかるんだよ。人間は、ただ考えるだけでなんでもできる。どこにでも行ける。 世界は、たとえようもなく豊穣なんだ。”
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ついでに俺も勉強がなんの役に立つか考えた - G.A.W. (via ginzuna)
これは非常に良い
(via naoharu)
“「機が熟すことなどない」”
— 20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義 - 情報考学 Passion For The Future (via gatya) (via petapeta) (via proto-jp)
2010-03-22 (via gkojay) (via jacony) (via edieelee) (via kuroneko029) (via shortcutss) (via yellowblog) (via thinkeroid) (via roamingsheep) (via glasslipids) (via kawabauer) (via eternityscape) (via milkhall) (via imenuma) (via pakukupa) (via sarasiru) (via poochin) (via fujihajime) (via rosarosa-over100notes)
“○基礎知識 ・「冷凍」=「時間が止まる」。正常な状態で冷凍されたなら腐ることはない。 ただし数ヶ月~年単位の保存ならだんだん味は落ちてく(霜や冷凍焼けで)。 扉のポケットなど温度の高くなる部分では痛む場合もある。 ・米は腐らない。期限無し。虫が湧いても洗えばOK。カビてたら考えよう。 ・野菜に期限無し、腐るまでは食べられる。 ・砂糖・塩は永遠にOK。 ・蜂蜜は期限無し。固まっても湯煎で溶かせばOK 。 ・小麦粉、片栗粉、米粉、白玉粉は期限無し。湿気てなくて、虫・カビによる変色がなければOK。 ・油は密封されてれば期限無し。腐らないが酸化に注意。 ・バター、マーガリンも期限はあってなし。変色は酸化でなく乾燥。食べても平気。 ・今の梅干、ベーコンは減塩で作られているので保存食にあらず。 ・「賞味期限」「消費期限」は食品加工・製造業者によって、商品等に対してつけられる物です。 一般人の手作り品には賞味・消費期限そのものがないので、それを聞かれても答えられません。 ・未加工の生鮮食料品(原形の野菜・果物・魚介類など)には、賞味・消費期限が設定されていません。 消費者が自分で食べられるかどうか判断してくださいと言うことです。 ☆ここは質問スレではありません。まずは自分の五感をフル活用して食えるか否か確かめましょう。”
— 賞味期限をぶっとばせ!-冷凍庫(52)に入れて安心- (via kasei-san) (via nyama) (via tyzm) (via jinon) (via jinakanishi)
2008-03-14 (via gkojay) (via jinon) (via hyasuura) (via rioysd) (via reretlet) (via hazime1373) (via takeori) (via mizushike) (via takojima) (via azazel-kode) (via nekonomi-note) (via puruhime) (via ibi-s) (via c610) (via oatmealed) (via azurun) (via jumitaka) (via precall) (via skaholic) (via aobouzu) (via 908908) (via precall) (via bulu) (via diegoro) (via etecoo) (via shinoddddd) (via makeitbetter999-blog) (via we-will-win) (via gkojay)
“太宰治、夏目漱石、森鴎外、永井荷風……やっぱり大作家っていうのは一行目から来ますね。けっこうわかりにくい話からはじまるんですよ。でも、それがね、「こういうむずかしい話からはじめるのは、『その他大勢』を追っ払って、君と二人だけでインティメイトな会話がしたいからだよ」っていうふうに聞こえるんですよ。”
— 評価と贈与の経済学 / 内田樹 (via ebook-q)
